神行事の厳かさ 祭りの歌声
敬虔に奉納したあの踊り、この狂言
懐かしい人々の姿がよみがえる
目次
二月祭
豊年祭
世迎え
結願祭
十五夜
タナドゥイ
ナーキヨイ
ピルズマ
インヌシュ
新築落成の祝い
生年祝い
テードゥンの根
(沖縄県立芸術大学名誉教授・名桜大学環太平洋研究所特任教授 波照間永吉)
入里照男写真集『竹富島の祭祀行事』の発刊を喜ぶ
(竹富町史編集医委員会 委員長 石垣久雄)
僕と写真と竹富島と
(入里照男)
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跋文 テードゥンの根
沖縄県立芸術大学名誉教授・名桜大学環太平洋研究所特任教授 波照間永吉
(前略)その“ 姿”はみえない。その神の姿は、神を祀る人々の眼差しの中にある。人々の真剣な眼。一糸乱れぬ拝礼の姿。竹富島の神の姿は人々の敬虔な心の中にある。一心に祈るカンチカサ(ヒカサ)の後ろ姿がそれを教えてくれる。カンチカサの祈りの先にあるのはウブに坐(いま)す神である。入里さんのカメラはカンチカサの背中を写すのであるが、氏の眼差しは、そのカンチカサの垂れた頭(こうべ)の先の白砂の一粒にまで焦点が合わされ、しずやかなウブの姿を捉えきっている。御嶽の神庭に敷かれた白砂こそは神を迎える島人の無垢な心の象徴なのだよ。そこに神様は坐(いま)すのだよ。入里さんの写真はそう耳元でささやく。
圧巻はピルズマの写真である。入里さんが写さなければこの祭祀の模様は永遠に失われたに違いない。この写真は、神の許しを受けて写されたものだという。『おもろさうし』には首里の王権を守護するために聞きこえおおぎみ得大君の武装が謡われている。巻1 ― 5 に「一 きこゑ大ぎみぎゃあけのよろい めしよわちへ かたなうちい ぢゃぐにとよみよわれ」とある。
このように古琉球の君神(女性神)は武装し刀を打ち合わせていた。これは他の文献でも確認される。しかし、映像としてあるのはこの写真のみである。入里さんの畏怖の思いは巻末の「僕と写真と竹富島」に記されている。この一枚に象徴されるように、この写真集は竹富島の祭祀の貴重な記録でもあるのだ。芸術的な写真と記録写真。この二つの目的を同時に実現しようとした意欲的な写真集、と私は受け止めている。(後略)
(跋文「入里照男さんの写真集『竹富島の祭祀行事』に寄せて」より抄録)
正誤表
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